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神戸地方裁判所 昭和31年(ル)233号 決定

債権者 陳氏玉

債務者 神田こと田中都

主文

本件申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

理由

本件申請の要旨は、債権者は昭和二十六年一二月二五日神戸地方法務局所属公証人山崎敬義作成第一六二、二二八号公正証書により債務者に対し債権者所有の家屋を賃料一ケ月金二万円毎月二八日翌月分前払のこととしその第一五条に賃貸借契約終了後右家屋の返還に至るまでは賃料相当額の損害金を支払う旨定めて賃貸したところ、債務者は同二八年一〇月一日から翌二九年二月末日までの賃料合計金一〇万円の支払を怠つたので債権者は同二九年二月一日債務者に対し内容証明郵便で右延滞賃料を同月八日までに支払うこと若しその支払をしないときは同日限り契約を解除する旨の催告並びに条件付契約解除の意思表示を発し同書面はその頃債務者に到達したが右期間内にその支払をしなかつたので賃貸借契約は同月八日の経過とともに解除によつて終了した。しかるに債務者はいまだに右家屋を返還しないので債務者は前記第一五条に基き契約終了の日の翌日から家屋の返還に至るまで賃料相当額である一ケ月金二万円の割合による損害金を支払う義務がある。そこでここに公正証書に執行文の付与を受けた上同二九年二月九日から同年六月八日までの損害金合計八万円の債権についての強制執行のため別紙〈省略〉目録記載の電話加入権の差押命令を求めるため本件申請に及ぶというのである。

当裁判所は一件記録を審査した上次のとおり判断する。

債権者債務者間に債権者所有の家屋の賃貸借契約のため昭和二六年一二月二五日作成された神戸地方法務局所属公証人山崎敬義作成第一六二、二二八号公正証書には次の条項がある。

第二条 存続期間は昭和二七年一月一日より向う満一ケ年間と定め賃料は一ケ月に付金二万円也とし爾後毎月二八日翌月分前払にて貸主住所に持参して支払うものとす

第五条借主は債務不履行の時は直ちに強制執行を受くべし

第一五条 借主は賃貸借契約終了したるときと雖も現実に物件の返還を終るまでは契約終了当時の賃料に相当する金額を賃料支払の方法と同一の方法を以て貸主に支払うことを要す但し貸主は本文以外の実際の損害額を請求することを妨げず

右のように本件賃貸借契約は当初その期間を昭和二七年一月一日から一ケ年と定めて締結されたものであるが、債権者は債務者に対し同二九年二月八日解除によつて終了するまで賃貸していたというのであつて当初の賃貸借契約が右期間の満了とともに借家法の規定によつて更新されたことを前提とすることはその申立自体によつて明らかである。そして債権者が執行を求めるのは更新後の賃貸借契約が終了したことを原因とする約定の損害金債権であり右第一五条に基き本件公正証書を債務名義とするというのであるが、同条にいう「賃貸借契約終了したるとき」にいわゆる「賃貸借」には更新後の賃貸借をも包含し更新後の賃貸借の終了に基く損害金債権について同公正証書は果して債務名義とみることができるであろうか。まず、この点を検討する。

およそ土地或は家屋の賃貸借契約について公正証書を作成し賃料或はその賃貸借の終了に基く損害金の一定の金額の支払を約し執行受諾文言を付した場合その他の要件の備わる限り右公正証書は該金員の請求について債務名義となるものと解される。そうすると、進んで、右賃貸借契約が借地法或は借家法の規定によつて実体上更新された場合右の公正証書は更新後の賃貸借に基く賃料或はその賃貸借の終了に基く損害金債権について債務名義となるであろうかということが問題となるが、この点は消極に解せざるを得ない。何となれば、債務名義がどのような請求に対するものであるかは専ら当該債務名義の記載によつて定まるものであるが、更新後の賃貸借契約は更新前の賃貸借契約と別個の契約であつて、更新後の賃貸借契約上の債権は公正証書に表示された更新前の賃貸借契約上の債権ではないからである。そうであるから公正証書に賃貸借契約が更新されたときは更新前の賃貸借契約の条項はこれをすべて更新後の賃貸借契約に適用する旨特に定めかつこれについて執行受諾文言を付すればともかく何等その定めがない場合には当該公正証書は当初の賃貸借契約上の債権についてのみ債務名義となるにすぎないのであつて、実体上契約が更新されていることからして直ちに更新後の賃貸借契約上の債権についても債務名義となると速断することはできない。

本件についていえば、前記のように本件公正証書には第一五条に当初の賃貸借契約の終了に基く損害金債権について定めがあるけれども更新後の賃貸借契約について何の約定もないのであるから本件公正証書は更新後の賃貸借契約上の債権について債務名義となりえないといわねばならない。従つて右第一五条を援用して更新後の賃貸借契約の終了に基く損害金債権について強制執行を求める債権者の申請はすでにこの点において理由がないからその他の点について判断をするまでもなく失当として却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 吉井参也)

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